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最高裁判所第二小法廷 昭和55年(行ツ)30号 判決

上告人

関幸四郎

右訴訟代理人弁理士

垣内勇

被上告人

ゼネラル食品株式会社

右代表者

仲田秀吉

右訴訟代理人弁理士

永島郁二

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人垣内勇の上告理由について

商標法七七条五項により準用される特許法一九一条の規定に基づく公示送達は、送達を受けるべき者の住所、居所その他送達をすべき場所が知れないときにこれをすることができるとされているところ、商標法五〇条の規定に基づく商標登録取消の審判事件における被請求人である商標権者が商標登録を受けた後その本店所在地を変更し、これにつき、特許庁に対する届出をしていないが、商業登記手続を了しているような場合には、右商業登記の登記簿ないしその謄本につき調査をすれば、送達を受けるべき者としての右被請求人の住所を容易に知ることができるものであつて、その住所、居所その他送達をすべき場所が知れないときにあたるとすることはできないから、同人に対し公示送達をするための要件が具備しているということはできない。そうすると、右のような場合に被請求人に対しされた公示送達は、その要件を欠き効力を生じないと解するのが相当である。

そして、原審の確定するところによれば、本件商標登録取消の審判事件(特許庁昭和五一年審判第五一六三号事件)における被請求人であつた被上告人において、本件商標につき商標登録を受けた後その本店所在地を旧住所から現住所に移転し、これに伴い、右住所の移転につき、特許庁に対する届出こそしなかつたが、商業登記手続はすでにこれを了していたにもかかわらず、審判長が被上告人に対してしなければならない審判請求書の副本の送達及び特許庁長官が被上告人に対してしなければならない前記審判事件審決(以下「本件審決」という。)の謄本の送達が公示送達によつてされたというのであるから、被上告人に対する右公示送達による審判請求書の副本及び本件審決の謄本の送達は、いずれも公示送達の要件を欠き、その効力を生じないといわなければならない。

さて、被上告人に対する本件審決の謄本の公示送達が効力を生じない以上、本件審決の取消を求める本件訴の山訴期間は、進行をはじめるに由ないところであり、被上告人による本件訴の提起は、三〇日の不変期間経過後に提起されたものであるということはできず、ひいては、あえて訴訟行為の追完をまつまでもなく、はじめから適法であつたといわなければならない。

次に、前記商標登録取消の審判事件においては、審判長は、被請求人に対し請求人の提出した審判請求書の副本を送達し、相当の期間を指定して答弁書を提出する機会を与えなければならないとされている(商標法五六条一項により準用される特許法一三四条一項)から、これをしないでされた商標登録取消の審決には、手続上の瑕疵があるといわなければならないところ、右審判事件における被請求人である商標権者は、自己の登録商標の使用をしていることを積極的に証明するか、又は右使用をしていないことについて正当な理由があることを証明しなければ商標登録の取消を免れないとされている(商標法五〇条二項)のであるから、右のような瑕疵ある手続のもとにされた審決は、商標権者である被請求人に対し防禦権を行使する機会を与えることなくしてされたものであつて、違法であると解するのが相当である。そうすると、被上告人に対する前記審判請求書の副本の送達が前記のように公示送達の要件を欠きその効力を生じないものである以上、本件審決は、違法であつて、取消を免れないといわなければならない。

以上によれば、原判決が訴訟行為の追完により被上告人の提起した本件審決取消の訴を適法とした見解は直ちにこれを是認することはできないが、本件審決取消の訴が適法であり、かつ、本件審決が違法であるとした結論自体は、結局において正当であり、原判決に所論の違法はないといわなければならない。論旨は、判決の結論に影響のない点を捉えるか、又は独自の見解に立つて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(木下忠良 栗本一夫 塚本重頼 鹽野宜慶 宮﨑梧一)

上告代理人垣内勇の上告理由

一、原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈、適用を誤つた違法がある。

(一) 原判決は、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第一五九条の追完の規定により提起する、としてなされた本件訴えの適否の判断において、

「原告(被上告人)は、住所の移転を特許庁には届け出なかつたとはいえ、会社の住所移転につき商業登記手続をして対抗要件(商法第一二条)を具備しているのであるから、(特許庁が)商業登記簿ないし謄本を調査すれば、原告の住所は判明したはずで、公示送達に付されなかつたと考えられるから、原告が審決があつたことを知らなかつたことは、原告の責に帰すべからざる事由であると解するのが相当である」

として、商法第一二条の規定を根拠に被上告人(原告)の住所移転の対抗要件具備を認定し、本件訴えの適法性を認めている。

商法第一二条は、「登記すべき事項は登記及公告の後に非ざれば之を以て善意の第三者に対抗することを得ず登記及公告の後と雖も第三者が正当の事由に因りて之を知らざりしとき亦同じ」と規定している。

商法が、商人に関する取引上重要な一定の事項を登記事項と定め、かつ、本条で特別の効力を定めているのは、商取引活動が大量的、反復的に行われ、一方これに利害関係をもつ第三者も不特定多数の広い範囲の者に及ぶことから、商人と第三者の利害調整を図るため、登記事項を定め、民法とは別に、特に登記に特別の効力を賦与したものである(昭和四九年三月二二日最高裁判所第二小法廷判決、民集二八・二・三六八)。

従つて、それ自体実体法上の取引行為でない民事訴訟や行政手続において、会社の住所移転の事実を特定するにあたつては、本条の適用はないと解すべきである(同旨判決例、昭和四三年一一月一日最高裁判所第二小法廷判決、民集二二・一二・二四〇二)。

原判決が、被上告人会社の住所移転につき商法第一二条を根拠に対抗要件具備を認めて、特許庁のなした公示送達が要件を欠く、と認定し、或いは、被上告人が審決があつたことを知らなかつたことにつき被上告人の責に帰すべからざる事由である、と認定しているのは商法第一二条の解釈適用を誤つた違法がある。

(二) 原判決は、本件審決を取り消すべき事由について、

「特許庁において(審判請求書の)副本を一旦原告(被上告人)の旧住所にあてて送達し、それが不能になつたとしても、原告が住所移転について商業登記手続を了している」のであるから、「特許庁は、少くとも商業登記簿ないしその謄本をみずから、または請求人たる被告(上告人)に提出させるなどして調査すれば、原告の住所は直ちに判明した筈であ」り、「右審判請求書副本の公示送達は要件を欠き、原告に対し適法な手続により答弁書を提出する機会を与えたことにならない」から審決は違法であるとしている。

特許庁備え付けの商標登録原簿は一の財産権を公示する公簿であり、特許行政手続を該公簿の登録事項にそつて行うことは当然のことであつて、特許庁が上告人から提出された審判請求書の副本を原簿上の被上告人の住所にあてて送達し、それが不能であるため商標法第七七条第五項で準用する特許法第一九一条第一項により公示送達をなすことは行政手続として適法に行われたものである。

特許法第一九一条第一項によれば、「送達を受けるべき者の住所、居所その他送達をすべき場所が知れないときは、公示送達をすることができる。」と規定しているが、原判決は前記(一)で述べた通り実体法上の商取引に関して適用されるべき商法第一二条の規定の解釈、適用を誤り、斯る誤つた法令解釈適用の下に、行政行為たる前記公示送達が要件を欠くものである、と認定したことは特許法第一九一条第一項の解釈を誤つた違法なものである。

のみならず、原判決は、公示送達の前提として特許庁が商業登記簿ないし謄本をみずから、または上告人に提出させるなどして調査すべきことを要求している。

一般に、商標権者等の権利者(本件においては被上告人)は自己の財産管理として住所の移転等の場合には登録原簿に登録しておくべきであつて、これをなさずに財産管理を怠つている場合でも、権利者の住所を調査するため特許庁自ら全国に散在することがある権利者の商業登記簿の調査をすべきである、とするのは不当な見解であり、前記特許法第一九一条第一項の解釈を誤つたものである。

また、原判決は、特許庁が審判請求人(本件においては上告人)に相手方の商業登記簿謄本を提出させ得ることを前提に論断しているが、商標登録取消の審判請求に際しては被請求人の商業登記簿謄本等の提出は要求されていないのであり(商標法施行規則第四六条、様式第二六)、その他に特許庁が請求人に対して商業登記簿謄本の提出を要求し得る法的根拠はないのであつて、法的根拠を有しない手続を前提としての論断は違法である。

二、原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな証拠の認定及び採証において違法がある。

即ち、本件審決がなされたことを被上告人(原告)が了知した日を認定するに当り、甲第一一号証の成立を認めてこれを証拠としているが、甲第一一号証は訴外ゼネラル通商株式会社の禀議書であり、これを被上告人(原告)代表者本人尋問の結果によつてその成立を認め、これを採証しているのは、職権調査事項に関する証拠としては違法である。

三、原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな重要な事項について判断を遺脱した違法がある。

即ち、原判決は、特許庁が前記公示送達をなすに当り、商業登記簿ないし謄本を調査しなかつたとしても(特許庁が調査したか否かについても職権調査が行われていない)、特許庁がその他の手段でどの範囲まで調査したのか、という重要な事項について証拠調べが行われず、また、これについて判断していない違法がある。

以上いずれの点よりするも原判決は違法であり、破棄さるべきである。

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